インプレッション

みることで変容はおこる、と何度も何度も聞かされてきてはいたが
おこらないじゃないか! とか
わたしのやってるのは違うんだろうか? とか
半ば苦くなりつつあったとろを
ふわりと溶かし、等身大の自分に目をひらかせてくれるワークでした。

等身大を丁寧につきあっていったら、変容がありました。

わたしにとって画期的だったのは
理論といっていいほどよく整理された
ラーニングラヴの 明晰な理解でした。
苦しみがおこる過程の必然性
パターン化して 今の自分に影響するしくみ、
どうハンドルすることができるかなどを
すごくクリアに説明してもらったことが、よかった。

それは無意識に押しのけようとしていた
自分の一部を、優しくひきよせることのできる
幸福感をくれています。

今まで感覚的なワークばかりを選んでいましたが
このようにマインドの理解がツールになりうると
実感したのは初めてのことです。
もって歩ける羅針盤といっても過言ではないかも。

自分は日常的になにをやっているのか? 問うので実際的です。

私はボディーワークをしていますが
自分のからだへの態度や、人に対するタッチが
以前より愛情深くなりました。

自分にイエスがないと、自分にも人にもジャッジがあって
ブレーキをかけながら走っているようで
本当には観照することができないんだな、と思いました。

グループは、ジャグルティとデバラジに信頼の気持ちが持てて
どこかとてもリラックスしていたような気がします。

こういう本質的な問いを、グループの皆で共有できることは
とても幸せなことでした。

ナマステです。


2010年5月 “ライジング・イン・ラブ”2デイズ参加者、女性


ラーニング・ラブのワーク、参加できてほんとによかった!
今、行き詰っていた問題の核心とも言えることに気づくことができました。
ジャグルティは、ワークの中で、参加者が抱えている 自動的に行動を支配している感情に気付けるように、その感情と向き合うことから逃げないように、誘導してくれました。
そして、マインドでの理解のためのレクチャーも、とても助けになりました。
何を感じたかシェアしたときも、私が何故パートナーにこれほどまでに求めるのか、ほんとは何を求めていたのかに気付くための、深い洞察を与えてくれました。
パートナーはこんなにおもーい期待の重荷を課せられながら、よく私と今まで関わってくれていたと思います。それに応えるなんてムリ?(笑)
他の参加者の方々にもたくさん助けられました。
しばらくは今日気づいたことに意識を向けて、日々過ごそうと思います。
何が見えてくるか楽しみ!
痛みから目を反らさずに、他で埋めようとせずに向き合おうと思います。

ジャグルティ、参加者の方々、今日はほんとにありがとう。


2010年春 “ファンタジー・トラスト〜期待という重荷を解き放つ〜“参加者、女性


日曜日のワークを思い切って受けてよかった!
お陰様で、自分が思っていたよりずっと深く家族との関係で傷ついているのを感じ取れました。
トラウマにまで触れる程のことだったとは!

会場マップを送って頂いた方、
一人参加の心細さを声掛けして会場に馴染ませて下さった方、
ワーク中にマインドに走るわたしに、ジャグルティが背中に手を当てながら、
'感じることに集中してみて'と援助してくれたので本筋に戻れました。
終了前と後のシェアにも助けられ、お陰で中味の濃い体験になりました。 

2010年春 ワンデイ参加者、女性


あれからずっと、ほんとに自分を穴に放り込まなくなりました。
ファンタジーの世界で一喜一憂するんじゃなくて
事実をただ事実ととらえることができると、
相手の気持ちに寄り添うゆとりもあるし、
いま起きていることをクリアに見たり、感謝して受け取ることができる。
毎日が軽やかになって、ゆっくりでも前に進めてる気がするよ。
ありがとう。

2009年2daysワーク参加者、女性



あのときは、もっともっとの解放より、
なにか暖かい不時着地点がほしかったのだと思う。
そんなとき、ベストなタイミングで出会ったのが、
ラーニング・ラブ・セミナーでした。

このセミナーで、わたしは、はじめて、
参加したひとそれぞれみんなとつながることを体験した。
これまでたくさんのグループに参加したけれど、
こんなにつながりあったのは初めてだった。

ずっと、ひとりぼっちじゃなかった。
けど、甘え、ともちがう。依存ともちがう。なにかだった。
もっとあったかい、優しい、ゆるやかなつながり。
言葉を超えて、それを体験した。

このセミナーでわたしが受け取った最大のギフトは「愛」
友だちも恋人も、親でさえ与えてくれなかった「愛」
だって、ほんとうにほしかったのは、その奥にある、
たましいのみなもととのなつかしいつながりの感覚だったのだから。

そんなのだれも与えることなんてできない。

けど。
お母さんもお父さんも、おばあちゃんもおじいちゃんも
であったすべてのこいびとも
であったすべてのともだちも

せいいっぱいの記憶をたどって、
やり方はどうであれ、
いっしょうけんめい愛そうとしてくれたんだって気づいた。
感謝、しかない。

わたしたちは愛されている
わたしたちは愛することができる
だって、愛そのものなんだもんね。

悲しいとき、つらいとき、いつも自分を放り込んでいた穴があった。
自分を殺して、目の前の苦しみから逃れようとしてきた。

でも、このセミナーを終えて、
それでも悲しい時があって、泣いていたら
涙が、蜂蜜みたいに、とろり、とろりと、
胸にあいた穴ぼこに、たまって行くのを感じたよ。

あれは不思議な感覚だった。

怒りも、悲しみも、どこへも押しやらないで
その真ん中に自分をちゃんと置いて、
でも、自分をいじめるんじゃなくて、ね。
それをただ感じていることがこんなにもこんなにも、
自分をいつくしむことにつながるなんて。
ふしぎな魔法だよね。

「穴は決してなくならないよ、そんなの妄想じゃないの?」と誰かがいった。
たしかに穴はまだあるかもしれない。でも、あったってかまわない。
そこにもう二度と、自分を放り込まないもの。
悲しい時には悲しいし
さみしいときにはさみしいし、それでいい。
大好きな時には大好きと飛び込むし
愛してる時には、愛してるって叫んじゃう。抱きしめちゃう。

傷ついたもの同士、愛だと勘違いして盾と剣をもって向きあうんじゃなくて、
武装解除して、はだかんぼうで腕を広げたら、
おんなじだけの柔らかさで包みあえる

世界は敵じゃないよ
こんなにも愛にあふれてる

ありがとう。ジャグ。

たくさんのひとが、自分のたましいを思い出しますように。

2008年 2days ワーク参加者・女性